入力の手数を減らす——定型文と展開

TL;DR
- 定型文の登録や入力支援は、派手さはないが反復作業の摩擦を確実に減らす。
- 「よく書く文章」を見つけるには、自分の送信履歴を見返すのが早い。
- 展開する短い合図(トリガー)は、後から思い出せる規則で決める。
- 入力の自動化は、内容の判断までは肩代わりしない点に注意する。
自動化というと、無人で動く仕組みを想像しがちだ。けれど、ひとり運用で最初に効くのは、もっと手前にある「入力の手数を減らす」工夫だったりする。同じ挨拶、同じ案内、同じ住所。私たちは一日のうちに、驚くほど同じ文字列を繰り返し打っている。
反復は履歴に残っている
どの文章をよく書いているかは、記憶より履歴のほうが正確だ。私は一度、自分の送信済みメールをひと月ぶん見返したことがある。すると、ほとんど同じ書き出しのメールを30通近く送っていた。「お世話になっております。ご連絡いただいた件について——」。この出だしを毎回手で打つ必要は、どう考えてもなかった。
OS やエディタには、短い合図を打つと長い文章に展開する機能が標準で備わっていることが多い。macOS のテキスト置換、各種 IME のユーザー辞書、エディタのスニペット機能。特別なアプリを足さなくても、まずはこれらで足りる。ひとり運用の道具立てを最小にするで書いたとおり、標準機能で済むなら、それに越したことはない。
合図は思い出せる規則で
展開のための合図(トリガー)を決めるとき、最初は適当に付けてしまいがちだ。けれど、合図そのものを思い出せなければ意味がない。私は「;(セミコロン)+意味のある短語」という規則に統一している。挨拶なら「;aisatsu」、住所なら「;jusho」といった具合だ。規則が一貫していれば、登録した本人が後から推測できる。
デイヴィッド・アレンが『Getting Things Done』で説くのは、頭で覚えておく負担を仕組みに移すほど、注意は目の前の判断に向けられるという考え方だ。入力の合図化も、同じ発想の小さな実践といえる。覚える対象を、記憶から規則へ移している。
判断までは肩代わりしない
ただし、入力の自動化には限界がある。文章を素早く呼び出せても、その文章を「今この相手に送ってよいか」という判断は、依然として自分の仕事だ。定型文を機械的に貼り付けると、文脈に合わない返信を送ってしまうことがある。展開はあくまで下書きの呼び出しであって、最終確認を省く道具ではない。
この線引きは、入力に限らず自動化全般に通じる。小さなスクリプトから始める定型処理の置き換えでも触れたように、仕組みが肩代わりできるのは手順であって、判断ではない。手順を軽くしたぶん、空いた注意を判断に回す。それが、入力支援の本来の使い方だと思う。
派手な自動化ではない。けれど、毎回30秒の入力が3秒になれば、その差は一日のあいだに静かに積み上がる。そして何より、同じ文字列を打つたびに感じていた小さな摩擦が消える。手数を減らすことの価値は、節約できた秒数だけでは測れない。すり減らずに済む、という静けさのほうにある。
出典
- David Allen『Getting Things Done』(邦訳『ストレスフリーの整理術』)
- macOS テキスト置換/各種 IME ユーザー辞書 公式ドキュメント